「難病」という言葉が、まさか自分に向けられる日が来るとは思っていませんでした。
コロナ療養から帰った夜
2022年9月。コロナに罹患し、宿泊施設での隔離生活を終えてようやく自宅に戻ったその日の夜、お腹にピリピリとした違和感を感じました。
翌日にはしびれが腰回りまで広がって、服が触れるだけで痛みを感じるように。かかりつけ医に行くと「帯状疱疹では?」と薬を処方してもらったのですが、一向に良くなりません。
それどころかしびれは日に日に両足へと広がって、10日ほどで胸から下が全部おかしな感じに。皮膚に触れても、厚いゴム手袋越しに触られているような変な感覚。歩いていると膝がカクンと抜ける。
「これは何かがおかしい」と、さすがにはっきりわかりました。
「心の問題では?」と言われた日
再度かかりつけ医に相談して、大きな病院への紹介状をもらいました。10月にMRIと血液検査を受けると、「問題ないですよ。心の問題ではないですか?」と言われました。
正直、絶望しました。体はこんなにもおかしいのに……。
コロナ後遺症外来、そして検査入院へ
11月、コロナ後遺症を疑って国立の神経系の病院を受診。今度は造影剤を使ったMRIで、胸椎(T3)にモヤが複数見つかりました。「指定難病のひとつ、多発性硬化症の可能性があります」と告げられ、12月に10日間の検査入院へ。聞いたこともない病名に、不安がどんどん募っていきました。
入院中の検査では、これまた指定難病のシェーグレン症候群(膠原病の一種)にしか出ない抗体が検出されました。さらに聞き慣れない病名が追い打ちをかけてきます。
しかもその病院では膠原病を診られないということで、2023年1月に大学病院へ転院。さらに20日ほど入院し、ステロイドパルスというステロイドを数日間大量に点滴して体の中の火事(炎症)を鎮火させるような治療をしながら検査をも続けました。しかし副作用がきつくてしょうがなかった。おかげで炎症数値は下がってきたものの、脊髄炎の発症から4か月たっており、しびれや皮膚感覚異常はもう元には戻りませんでした。
確定診断の日
2023年3月。「シェーグレン症候群」と確定診断。
あーそっか。やっぱり難病か……。
ショックでした。でも同時に「やっとわかった」という気持ちもすこしありました。
シェーグレン症候群は、免疫が自分の体を攻撃してしまう自己免疫疾患のひとつです。一般的には「腺型」と言ってのドライアイやドライマウスに悩む人が多いのですが、一部「腺外型」の人は体のどこにでも炎症が出ます。血管、肺、消化器、筋肉——どこが標的になるかわからないんです。
私は腺外型の中でもレア部類の「中枢神経障害」(今回は脊髄炎)を発症していました。
これから体はどうなっていくんだろう?仕事はどうする?お金は?次は何がいつ出てくるかわからない不安は、言葉にできないくらい大きかったです。
それでも、前を向くことにしました
この記事を書いている今も、体のしびれは続いています。頭痛や手の痛み、疲れやすさなど、不調を数え出したらきりがありません。しかも見た目にはわからない不快さで、完治もしません。対処療法しかないので治療もできません。
でも、自分のことは全部自分でできるし、仕事もできています。
難病治療中の休職期間には、普段はいけないような長距離の一人旅もしました。これが逆にすごく楽しくて!(実はこのときに初めて旅行の楽しさに気づいたので、そんな話もまたしたいな、と思っています。)
食事と生活を整えて、病気で増えてしまった体重6キロを半年かけて減量しました。このとき、自分が運動指導者であることを改めて実感できて、なんだかちょっと誇らしかったです。
難病があっても、できることはある。体と向き合い続けることで、見えてくるものがある。
このブログでは、同じように健康への不安を抱えながら生きるあなたに向けて、私の実体験をありのままにお届けしていきたいと思っています。